-マーケティングは企業の大小にかかわらない必要なファンクションである-
株式会社博報堂 横田和洋
Reason that marketing does not work with small and medium-sized enterprises.
-Basically, marketing is a function necessary regardless of the size of the company.-
Kazuhiro YOKOTA
Hakuhodo Incorporated
はじめに
1908年(明治41年)に発売されたフォード・モデルTがマーケティングの実例の幕開けであるという説を採用すると、マーケティングはちょうど100年を少し超えた概念といえる。その原論的なフレームは整備され、言語化され情報として定着しているが、実践面における定着は各企業間で格差が大きい。会社の一部門の活動、経理部門、人事部門などはどの会社であれかなり類似性があり、その機能の本質的なところには差がない。しかし、マーケティングは各社でものすごく捉え方に差異があり、その実践に関してもあまりにも大きな差異が見受けられる。
本稿の目的は、そうした格差が生じる要因は何かという点を検証することにある。T型モデルがマーケティングの実践の草分けであるとする説からしても、大企業の企業活動がその典型を形成しているかのように思われる。進化発展した。一方中小企業のマーケティングは成熟しているとは言いがたいが、現在385万社ほど存在するといわれる中小企業の活性化は日本の経済の活性化につながるはずである。その際、マーケティング思考やマーケティング活動をとり入れることは間違いなく有効である。以上のように、本稿ではなぜ中小企業はマーケティングを柔軟に採用しないのか、企業(B to B企業および中企業)においてマーケティング活動を阻害している要因は何かを検証し、さらには今後それをとり入れる際の有効な方法論を検証することにしたい。
1.マーケティングとは何か
1990年に日本マーケティング協会が再定義したものを引用すれば、マーケティングとは、「企業および他の組織が『グローバル的な視野』に立ち、顧客との相互理解を得ながら公正な競争を通じて市場創造のための総合活動」ということになる。しかしこの定義は、日常的に理解しているマーケティング活動に対するニュアンスと比べると違和感があるのではないだろうか。「企業およびその他の組織」のその他の組織は、非営利団体までも含む網羅的な定義をする必要があり、いわゆる営利追求の企業のマーケティングを思い浮かべながら対峙すると、歯切れの悪さを感じ得ない。企業に身をおいて活動している人間から見ると、実感のない定義であると思われるだろう。しかし大切なのは、最後のくだりにある「総合活動」で締めている点である。マーケティングの定義は、高尚化ないしは複雑化しているが、その原点に立ち返って「マーケティング」に今一度向き合うと、その真意が明らかとなる。
因数分解すると、「Market ∔ ing」であり、「市場+する」である。マーケティングはその語源的には動詞であり、名詞ではないことがわかる。つまり、概念が先行したものではなく、市場においていかに有効かつ有益に行えるかを考え、実行するという動詞である。 対して「マネジメント」は名詞であり、Manageという動詞の名詞化である。直訳すると、管理することを指し、「管理」という意味になる。マネジメントは、それ自体概念として存在することになる。
本稿では、「マーケティング」の再定義を行うことに主目的はない。「マーケティング」は動詞であるということだけで十分である。マーケティングの重要性を理解するにあたっては、「動詞」であることの理解が極めて重要といえる。
2.仮説の設定
・仮説:中小企業でマーケティング活動が実践されないのは、マーケティングの理論を知らないからなのか。
当初は上記の仮説を思い描いていた。マーケティング活動は、100年前には確かに米国にしか存在しないものであったかもしれないが、1960年にジェローム・マッカーシーがマーケティングの実践の中核のフレームである「4P製品(product)」「価格(price)」「流通(place)」「プロモーション(promotion)」を提唱してからも50年以上が経過している。その間、コトラーが何度もマーケティングの教科書を再版し、マーケティングの体系は完成しているといってよいであろう。
さらに、ありとあらゆるマーケティング巧者な企業の成功事例は事例集として公表され検証されている。米国のMBAはマネジメントとマーケティングを徹底的に習得させ、そのノウハウは彼らによって広く拡散しており、マーケティングスキルの解説本は書籍のコーナーができるほどに充実している。おおよそ2500円から3000円ほどの書籍でマーケティングの概要が理解できることから推察しても、知識の問題ではない。このように考えると、マーケティングを知らないから実践しないという仮説はどうも腑に落ちない。知りたいと思えば現在の環境であればいくらでも知ることはできるが、実践に踏み込まない企業は多数存在している。
3.マーケティング活動の充実度に大きな影響を与えるもの
マーケティングに関するノウハウや情報は世間に溢れている。それにも拘わらず、そうした機能を社内にとり込まない会社は多い。前出の「マーケティングは動詞である」としたことと大きく関連するが、ここでは「誰が」という問題をとり上げる。
「誰が」「Market ∔ ing」をするのかということこそ大切である。華々しいマーケティングの成功事例やそれを実現させるための精緻化されたフレームワークなど、「何」に目をとらわれがちであるが、それらはすでに「マーケティング」という動作に関してそれを確実に実行する主体、主語を持つ会社の活動結果である。しかし事例集には肝心の、「誰が」の部分は記述が極めて少ない。「誰が」「何をする」のがマーケティングなのだ。事例集を出せるような会社は苦労しない。マーケティングの実施できている会社とできない会社の根本的な違いは、「マーケティングする人」がいるのか、いないのかである。
企業体の中でのマーケティングの位置付けはどうなっているであろう。まず、企業におけるマーケティングの位置づけであるが、企業とは生産、営業、開発、財務、人事などのさまざまな機能意の集合体であると定義づけることが可能である。このように捉えると、マーケティングとは、それらの各機能と並列で述べられるべきものであろうか。顧客がすべての企業活動の原点であるという考え方に立脚すれば、顧客が企業内の全機能をコントロールするべきであり、その期待に応えて各機能がそれぞれの役割を最大限に果たすことが企業活動といえる。その際、顧客の期待を明確化し、その充足を保障すべく各機能を統合していく機能がマーケティング機能である。組織図を作成する場合は、恐らく製造部門の横にマーケティング部などと記されることになるが、その役割は統合することである。
以上の内容を要約すると、会社の各機能を顧客のために統合推進する活動ということができよう。マーケティングの充実している会社は、当然それ専用の部門を設置している。また、マーケティングの素養のある管理者が個人として代行するような場合もある。しかし、うまくいっていない企業の多くは、部門ごとに行為としてとり込み、「誰」かという点が非常に曖昧である。
4.マーケティングとマネジメントの関係
会社にはもう1つ「統合」を実施する部門が存在する。「統合」を「ガバナンス」と訳すことにより、「経営≒マネジメント」という公式が導出できる。経営も一つのファンクション(「役割」)を有するが、生産や開発などと並列で書かれることはまず皆無といってよい。経営は「階層」と捉える方が馴染みやすく、会社案内等の記載方法も社長がピラミッドの頂点に描かれ、そこから樹形図のように各部門の組織図が派生して描かれるのが一般的であろう。しかし、マーケティングをそのように位置づけることはなく、実態面でもそうした部門間に上下階層を作ることに抵抗があるのも事実である。組織図上も、その他の営業などと並列に置かれている。ところが、仕入れや開発、生産、販売間における統合最適化を行うことは、かなりの部分でマネジメントと類似している。
マーケティングとマネジメントの違いは、「誰のため」にという点が異なる部分に求めることができる。顧客のためにすべてを統合するのがマーケティングであり、その他のステークホルダーのために統治・統合するのがマネジメントである。顧客を大切にすること、そのことが企業のあらゆるステークホルダーにとって最大利益をもたらすことと密接な関係があるのである。したがって、マーケティングとマネジメントは、密接不可分の関係にあるといってよいであろう。
5.中小企業の3分類化
中小企業は、以下に示すように3つのタイプに分類できる。すべてではないにしても、中小企業は以下の分類のいずれかもしくは重複した存在に該当することになる。
1)B to B企業(下請け業態)であり、エンドユーザーに向けて最終消費財の製造をしていない。企業や法人向けのサービスを提供している。収益回収のシステムは、営業部門が担っている。
創業者の閃き、その後の情熱的な邁進により成長した企業(ベンチャー企業)。
3)エンドユーサー向けの企業ではあるが、その業界内で企業規模として中位以下に存在する企業。
1)、2)、3)のタイプのいずれもマーケティング活動が充実していない理由は、共通している。知識がないわけではなく、またそれぞれの事情も異なるが、いずれも「誰が」の部分に問題がある。マーケティングを実施・実行する「誰」が存在しないのである。
・ 1)型の企業のケース
大企業の傘下や系列として一定の収益が保障されており、マーケティングの基本要素のうち、競合分析はほとんど行わない。傘下、系列、資本関係に守られており、競合他社の参入が脅威になりにくい状況があり、顧客は関連の深い単数企業であるためにそのニーズは日常の環境の中で十分に把握できる。したがって、自社の能力スペックは独自に開発したものというよりは顧客のニーズに合わせたものということになる。
・2)型の企業のケース
業態自体初であったり、まったく新しいサービスの提供であったり、操業当初は競合社といわれるものがなかったりする。市場はこれまで存在しなかった新たな価値を享受できることを受け入れ、当面ニーズが保障される。自社の力量は、その「初」という部分に凝縮されており、オンリーワンの状況においては問題が発生しにくい。しかし、マーケティング担当者は不在であり、トップマネジメントがそれを含む意思決定を行う。しかし、前述したとおり、マネジメントとマーケティングはその目的で大きく異なる。すなわち、自社にとって有効なものは顧客にとっても有効なものであると考えがちであり、ニーズから離れた状況を招きやすい、いわゆるベンチャー型企業といえる。創業者のユニークなアイディアと情熱で一時代を形成することはあるが、その後、継続のための仕組み(マーケティング)を持たないなどの理由により、崩れ落ち始めると急加速に企業は崩壊に向かう。
・3)型の企業のケース
社内においては開発や仕入れ、商品企画、営業、販売、宣伝広告など、会社の部門は整備されているが、マーケティング部門は存在しないタイプといえる。体質的に業界のスタンダードに律儀に追随する傾向が見られる。自社の独自性を追及するよりも、業界の上位社の動向を確認してそれに追随することでニーズを把握して、研究開発の負担を軽減する。このタイプの企業は、最終消費財を生産しているケースも多く、業界的にはマーケティングはきわめて有効に機能することが予想される。しかしながら、実際には社内に障壁が存在する。部門間の交流が極めて希薄であり、部門同士が対境(利害が一致しない)関係を形成し、それを再度統合しないのだ。よって社内にシナジーは生まれない。こうした傾向は中小企業だけに見られる傾向ではなく、峠を超えた大企業が位置要りやすい罠でもある。
6.結びに代えて
中小企業におけるマーケティングの進化には、以下のことが必要である。
●マーケティングとマネジメントは、その目的において別のものであり、それを意識して活動する主体者を持たなければならない。それは部門でも個人でも構わない。規模に応じて設定すればよい。主体者は、3C、市場、競合、自社を常に監視するとともに、その情報を関連各部門に水平展開して共有し、各部門を統合して4P(商品、価格、流通、販促)のマーケティングミックスを設計して最適化を図らなければならない。中小企業においては、マネジメント階層に権力が集中しすぎていることがマーケティングの阻害要因である。もう一人、マーケティングに重心を置く統合者の存在が必要といえる。
●3)型の阻害要因は、部門間の乖離である。企業の部門は作業業務主体で構成されているが、その1つだけでは収益を生み出すことは不可能である。現状ではあまりにも部署部門に対する忠誠度が高すぎ、部門間を乗り越えて統合を図って最適解を導くことが困難な状況となっている。その背景には、改善すべき評価制度もあると推察される。
今後、取り組むべき課題としては、中小企業のマーケティング意識を「誰」が「何」を行っているかを中心に調査し、その傾向と背景を明らかにすることによってより具体的な解決の方向性を探求したいと思う。マーケティングの実際は、「何を」「どのように」という点に着目するよりも、それ以前に「誰が」に着目することが大切であるという点を看過してはならない。
References
1)http://lets-business.com/money-tiger/moneytiger-president/
2)田中道夫編(2016年)『中小企業マーケティング』同文館出版.
3)株式会社グロービス編(1995年)『MBAマネジメント・ブック』ダイアモンド社.
4)株式会社グロービス編(2005年)『新版・MBAマーケティング』ダイアモンド社.
5)奥本勝彦,林田博光編(2004年)『マーケティング概論』中央大学出版社.
6)ハーバードビジネススクール著(2010年)『ケーススタディ・日本の企業事例集』ハーバード・ビジネス・スクール日本リサーチ・センター:編