1. 「任せるのは『実施』であって『決定』ではない」とは
会社には、きちんとしたビジネスとして確立した用語と、日本語としての意味は明快であるがビジネスの現場ではその意味する真意がぼやけるものがある。
「承認」という言葉や「棄却」という言葉などはおそらく、日本語を操る人間であればその意味するところにずれは生じないであろう。しかし、日本語に限らず仕事の現場では、便利であったり、あいまいであったりする公用語が存在するのである。
2. 「任せる」の意味
「任せる」この言葉は明らかに公な正式な言葉である。しかし、一倉先生のいう様にその、主語、目的語等、だれが、誰に、何を任せるのかを明快にしないと会社が傾くと言っている。あくまで、「任せるのは」実施・実行である。エグゼキューションとマネジメントの分離。社長は意思決定をし、実行を任せろという話である。確かに、安易に「任せる」という言葉が会社内で飛び交う。決定までも部下に任せる向きがある。前出の項でもふれたが、日本人の独特の美意識がいびつに紛れ込んでいる。
「任せる」という発言が格好いいと思う節がある。決定は任せてはいけないのである。その癖、今度は実施実行のステージにもかかわらず、現場をうろつく社長もいる。そして細かなことに気づいてしまうのである。これは流通系の社長に多く見られる。流通には独特な作業、品出し、という作業があるからである。店舗を見回り、商品の整列角度を整理整頓していくのである。見回すと、むやみに判断を任せ、実施実行に関して口を出す社長が多いのではないでああろうか。
3. 見え方の違い
下の階層からこの社長を見たとしたらどう見えるであろう。
- 決めるべきことを決めずに、下に判断を押し付けた。
- 我々の階層の実施実行。ステージに割り込んでくる。絶対的な権力を携えて割り込んでくるのであるから、聞くしかない。
しかも、この実行の際の指示は、指示系統からも外れていることが多い。二度手間になる。一倉先生の判断軸はこうである。判断の間違えで、会社は傾く。実施実行の間違えで会社は傾かない。このことが明快に周知徹底されていれば、社長の役割も規定され、社員の領域も確保され、健全な形で動き始めるのである。
4. 結語
社長が社内を見て回ってはいけないとは言わない。しかしそれは、次の決定のための視察であって、実施を確認して改善指示を出すための物であってはならない。そもそも、社長たるものが興味を持つところを間違えてはいけない。社長は、外を向いていないといけないのだ、顧客であり、行政であり、金融である。お金と情報は外からしか入ってこない。それを力強く吸い上げるのが社長の仕事である。 了